投資で増やした金は博打のあぶく銭と変わらない
「事業資金のやりくり」 項目
4.「投資で増やした金は博打のあぶく銭と変わらない」![]()
wrote. サンハイツ吉田 管理者

行政書士明和事務所
行政書士 吉田 重信
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ある程度、事業に余裕が出てくると、
その余裕をもって別の収入につなげようと考えるのは必然だろう。
今、上手くいっているであろう事業も、普遍的ではないからね。
次の収入源に投資しようとする考え方は、
ポートフォリオの観点から見ても重要な一手となるはずだ。
ただ、今のご時世ではそういった際に、
原資をもって直接資産を増やすような手段に出ようとする人も少なくない。
例えば、株とかFXとか。
最近じゃあ、仮想通貨なんかも流行みたいだね。
確かにこういったものも資産であることには変わりないから、
投資対象として検討すること自体は一概に間違いだとは言えない。
ただ、ここでは投資が悪かどうかではなく、
少々、違った視点からその性質と有用性を論じてみたい。
結局のところ、大まかに言ってしまうと、
この手の投資による利益は偶発性の要素の高いものなんだよ。
そうではないという意見もあるかと思うが、
じゃあ、その上げた利益は自分の力で稼いできたと言えるのか。
そう言われてしまうと、やはり少し考えてしまうだろう。
確かに知識と経験で勝率を高めることもできる世界ではあると思うが、
基本的にはボタン操作とタイミングで決まる話だ。
これについては、金の稼ぎ方として否定するつもりはない。
金なんて色なんかついていないんだから、稼いだもん勝ちなのは当然だ。
しかし、博打銭が身につかないのと同じことで、
この手の手段で稼いできた金には定着、貯蓄という概念が伴わない。
結局、自分の能力で稼いできたものではないから、
いくら稼いだとしても終わりがないんだ。
一時期、総資産、ウン億とか言っていた自称投資家が、
資産ゼロになって苦労している話とか、大損ぶっこいた話、聞いたことくらいはあるだろう。
ウン億とか、普通に考えれば、あとは大人しくしていれば死ぬまで安泰とか思うじゃん。
でも、そういう人は止まれないんだよ。
もっと言うと、金が減ることを承知できない。
理由は前述の通り、自分の実力で築いた金のルーチンではないため、
いつまでも現状に対する余裕が持てないからだ。
だからこの手のタイプは恐らく、どれだけ稼いでも一生、市場からは引退できない。
資産自体は持ち続けることはできても、
それは実質的な保有資産であって、本来的な預貯金とかとは勝手が違う。
結局それって、いくら稼いでも手元に残らない砂をかき集めているのと変わらないから、
資産形成の仕方としては個人的に間違っていると思う。
本来、投資ってのは金を捨てられるほどの余裕のある人が、
有り余る資金を基に戯れにすることなのだろう。
事業で稼いだ金を投資すべきなのは、言うまでもなく、次の事業。
安易に金で金を増やすような世界に足を踏み入れると、
ずっと金を溶かすやり方でしか資産を増やす発想ができなくなる。
事業者、経営者としては、死んだも同然だ。
wrote. サンハイツ吉田