主体性を持った行動を
「自営業者として」 項目
2.「主体性を持った行動を」![]()
wrote. サンハイツ吉田 管理者

行政書士明和事務所
行政書士 吉田 重信
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事業をするということは、自分の責任で選択と決断をするということでもある。
この実情に、例えがたい孤独感を感じる方もいるだろう。
結局、誰も共に背負ってくれるわけではないから、
辛い状況になった際、つい、選択や決断を他人に委ねたくなってしまう場合もあると思う。
でも、自分の事業は自分の判断ありきで回るものだということ忘れてはいけない。
事業者の主体性が抜けた事業は、
事業という外形は保っていたとしても、所詮、ガキ共の遊び場にしかならん。
事業というものをなんと捉えているかにもよるな。
ただ、金を稼ぐための手段でしかないのならば、
そういった外形のみ整えた展開の仕方も手法としてはアリなのだろう。
フランチャイズなんかは、それに近い形の事業形態だね。
でも、そのような形態で回している事業はバックボーンがないから、
いざ、個人で大きな問題を抱えてしまった際には霧散する以外に道はないな。
それか、しらばっくれるか、か。
これはカタギの考え方ではないね。
事業は自分の目的のために行うものだろう。
元々、独立しようと思った時は、そういった強い動機があったからなんじゃないのかい。
それならば、責任も決断も、
全て自分自身の物と考えるのが本来、当たり前なんだよな。
しかし、勤め人から上り詰めた代表者や商機だけを見て会社を作ったような人には、
この手のものに対するバックボーンがやたらと薄い傾向が見られる。
理由は単純な話、事業そのものに対する動機と主体性が薄いからだ。
だからツキが乗っている時は強気でいられるが、
いざ、辛い状況になった際には周りの人間や社員に責任を押し付けたりする。
この光景は見るに堪えないな。
初めからそういった側面もある立場だと覚悟の上で事業者になったんじゃないのかよ。
会社法が施行されて会社組織を作るハードルが大分低くなってからというもの、
こういった当たり前の感覚を持たずに事業を行う者が昨今では多いと感じる。
結局、その孤独や重い責任に耐えられない人は、
そもそも事業者には向いていなかったという話なんだわな。
大きな地雷を踏みぬいてしまう前に、さっさと撤退した方がいい。
手厳しいことを言っているように聞こえるかもしれないが、
主体性も決断力もなくふらついていられるほど渡世は甘くないと言っているのだ。
当然、その弱さを狙っているような輩も社会には存在するからな。
弱っている時に近づいてくる人間なんてロクなもんじゃあないぞ。
大抵、喰い物にするためについてくるんだわ。
弱味を見せたヤツから喰っていくのは、勝負の世界での常識。
主体性を持って事業をやっている人間はその辺の感覚を理解しているから、
仮に辛い時であったとしてもそういう様を見せない技を各自、持っていたりする。
これはツキを引き込むための大事な技術の一つだね。
だから、辛いときに人がついてきてくれなかったりしても恨んではいけない。
これまで味方、身内であった者が、
風向きによって急に敵になったりすることがザラにある世界なんだ。
むしろ、なにもせず、なにも言わずに去ってくれたのならば、
そのことに感謝した方がよろしい。
なにが言いたいのか、というと、
事業というものは行っている以上、良い時もあれば悪い時も必ず訪れる。
そして悪い状況になった時、主体性がないと耐えられないどころか、
その弱味に付け込まれて再起不能にまで陥れられることだって珍しくない。
だからしんどくて他人に寄りかかりたいと思う時ほど、
より強い主体性を持って行動をしなければならないという話なんだ。
仮に自分が沈む時が来たとしても、そこから目を逸らすんじゃない。
沈む自分をまっすぐ見据えた上で、
黙って沈んでゆける者が誰よりも、なによりも強いのだ。
なにもかも失ってしまったらどうするかって?
そりゃあ、渡世があなたに更なる成長を促すために、
テメーひとりでどうにかしてみせろ、と、試練を与えてんだよ。
そういった時を乗り切った知恵や経験は血肉となって、一生、あなたの役に立つ。
僕は若い頃からずっと、その繰り返しだった。
辛く苦しい時ほど周りに誰もおらず、ひとりだったが、
その際に身につけた立ち回りや技術は今でもバッチリ役に立っている。
自分自身で勝負したいから、事業者になるんだろう。
主体性は、それを具現化するための必須ツールだ。
必死こいて、磨いてもらいたい。
wrote. サンハイツ吉田